毎日新聞にこんな記事が載りました

<舞台はおもしろい>「自分探し」をする男たち

 このところ芝居の中に、「自分探し」をする男たちがよく出てくる。先ごろ京都・南座で上演された風間杜夫のひとり芝居三部作「カラオケマン/旅の空/一人」(水谷龍二作・演出)もそんな作品の一つだ。
 中小企業の課長、牛山明(風間)が突然、記憶喪失になり、旅回りの役者になってしまう物語。最後には記憶を取り戻すものの、会社人間だったころにできた妻子との溝は埋め難い。記憶喪失を機に牛山は「新しい自分」に気づき、好きな道を一人で歩く決意をする。
 コミカルで明るさを失わない風間の演技がいい。会社の接待カラオケで、三波春夫の長編歌謡浪曲俵星玄蕃(たわらぼしげんば)」をつい満足気に歌ってしまう姿などは、笑いの中に会社員の哀愁を感じさせてちょっと切ない。
 4月に上演された舞台「こんにちは、母さん」(永井愛作・演出)に出てきた神崎昭夫(平田満)も、自分探しをする男だった。会社でリストラ担当部長になったために同僚の反感をかい、妻との離婚話も進んでいる彼は、久しぶりに母の家に戻って自分の生き方を見詰め直すことになる。
 人生これでいいのか。自分は何がしたかったのか。そうした「自分探し」のテーマは、かつての演劇の世界では、若者か、妻・母の役割に疑問を抱いた女性のものであることが多かった。だが今やそれは、中高年男性のテーマともなっている。近年の経済不況も背景にあるのだろうが、失業、転職、定年など、人生の節目で自分を振り返らざるを得ない男性が増えているからかもしれない。
 風間も平田も70年代、つかこうへいの舞台で活躍した俳優だ。小劇場界の先頭を走っていた彼らも今や50代。中年男性の「惑い」をすくい取った舞台で、新たな存在感を示し始めたようだ。
 ところで先月、ミュージカルなどの舞台で活躍する市村正親が、ひとり芝居「新市村座」で「俵星玄蕃」を熱唱するのを聞いた。彼もまた風間と同じく50代半ばだ。勇ましい槍(やり)の名手を歌った歌謡浪曲。高揚感あふれるこの歌が、何だか50代男性への応援歌のように思えてきた。(編集委員:畑律江)

以上、7月22日付け毎日新聞大阪版夕刊より